雑音抑圧の研究の思い出

吉谷 清澄

音声グループ在籍:1976.7.15〜1988.6.30 現職:企画調査部通信技術調査室主任研究官

 私が音声研究室に在籍したのは、昭和51年から63年までの12年間でした。ここでは、はじめの8年間に従事した雑音抑圧の研究の思い出について述べます。
 当時、音声研では鈴木室長の考案によるSPACの研究がスタートして間もない頃でした。SPACには、音声信号の時間的伸長やスペクトルの圧縮・拡大、雑音抑圧などの幅広い機能があります。
 私に与えられたテーマは、SPACの雑音抑圧機能(SN比改善特性)を理論的に解明することでした。これについては、すでに高杉主任研の研究がありましたが、それを完全な形にしたかったのです。磯部編「相関関数およびスペクトル」にあった短時間相関関数の手法を利用して解析したところ、白色雑音のみならず有色雑音にも適用できる理論式を導くことができました。理論値と計算機シミュレーション実験の結果とが一致し、この仕事は一段落しました。
 20ms程度の短い区間でみると、白色雑音といえどもそのスペクトルは結構でこぼこしていることや、音声信号と雑音との相関を無視できないことなどに気がついて、妙に感心したこともありました。
 ところで、離散的雑音である PCM符号誤り雑音の抑圧にSPACを使うと、雑音が確かに減るのですが、同時に一種の処理歪みが発生してそれが問題になることが分かりました。(PCMの場合、誤り訂正符号を使うのが普通なのですが、それを用いずに受信側の信号処理のみで雑音を抑圧したかったのです。)
 そこで、他の雑音抑圧法ではどうなるかを見たくて、S.F.Bollのスペクトル引き算法を使ってみましたが、結果はSPACのときと大同小異でした。発想の転換が必要ということは分かっていても、いいアイデアがなかなか出ない悶々とした日々が続きました。
 ある日、いつものように何の進展もなくがっかりして家に帰る途中、意外なアイデアが突然ひらめきました。それは、スペクトル引き算法を雑音抑圧にではなく、雑音検出に使えばいいのだ、ということです。それさえできれば、雑音の加わった音声サンプルは内挿補間で簡単に修正できるのです。
 翌日、気を鎮めながら実験してみたところ、期待通りの大成功でした。この手法による PCM符号誤り雑音抑圧方式をSUNDERと名付けました。なお、SUNDERは誤り訂正符号の訂正漏れによる雑音の抑圧にも適用できます。
 ところで、処理歪みをほとんど伴わない連続性雑音抑圧法は、いまだに開発されていません。もし、これが実現されれば単に受信信号の品質改善に役立つばかりでなく、雑音環境下での音声認識にも適用でき、極めて大きな意義があります。
 おわりに、私が音声研を離れる間際に行った仕事について触れておきます。それは、SSB の離調周波数を自動的に検出する方法に関するものです。音声研に入る前に勉強したことのあるM系列(疑似雑音系列の一種)とスペクトル上での相関処理とを組み合わせたもので、不思議な巡り合わせを感じました。
 12年間、音声研の諸先輩のご指導により非常に恵まれた環境のもとで仕事をさせて頂けたことは、私にとってこの上ない幸せでした。特に、鈴木さんには論文や特許をおっくうがらずに書く習慣を教えて頂きました。皆様に厚く御礼申し上げます。
 さて、音声研はこの5月に関西支所知覚機構研究室へめでたく生まれ変わりました。柳田室長をはじめ室員の皆様には、今まさに生みの苦しみの日々が続いていると思いますが、21世紀の通信総研を背負うのは関西支所だと期待されています。幸い、知覚研にはファイトに満ちあふれたスタッフが揃っていますので、遠からず通信総研を代表する研究室の一つになると確信しています。
 研究室の皆様の御健闘ならびに御成功を心から祈っております。
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