KARC Front(1995年3月号 No.19)

管理課NOW

板井廉達朗(管理課会計係)

 ついこのあいだ、着任の挨拶を書いたつもりだったが、月日が経つのは早いも ので、再び原稿依頼が来てしまった。考えてみると、この半年間、仕事に遊びに、 いろいろなことを経験したはずだが、今は1月17日に起きた大地震以外、思い うかばない。
 この日は、給与支給&代金支払日であった。小切手作成や支払処理などが担当 の私は、管理係と一緒に、終日、銀行とのやりとりに追われた。結局、「被害が 大きく、本日は銀行業務ができない」との連絡があった。このため用意していた 日付入り書類が、まるまる差し替えになったり、訂正印を押したりで苦労した。 翌日、業務を再開した銀行に管理係と行ったが、いつ起こるかもしれない大きな 余震に怯えつつ、大渋滞のなか、大金を運ぶのは決死の公務であった...と、 ちょっと大げさに書いてしまったが、銀行周辺は地盤沈下して、そこらじゅう崩 れていたし、明石の町(日本銀行代理店は、さくら銀行明石支店)もざわついてい て、怖かった。
 また、地震により水道が止まったが、運良く支所の受水槽には水が残っており、 安心していたところ、あっという間になくなってしまった。このため管理課の男 性で、官用車(デリカ)にポリバケツを積めるだけ積んで、給水所へもらいに行 き、運んできた水はポンプで受水槽に入れた。最初はおもしろ半分であったが、 何往復もするうちに、クタクタになった。ところが、苦労して水槽に入れた水も、 数日後、水道局の試験通水によって泥水が混ざり、飲料不能となってしまった。 「骨折り損のくたびれもうけ」かと思ったが、食堂用は別にしてあり、きれいな 水が出るまで、しばらく役に立った(そういえば水が出ない中、食事を作ってく ださった食堂の方々や掃除の方々、どうもありがとうございました)。 この他 にも、職員の安否確認、壊れた施設,物品の把握→業者への連絡、また男性が水 運びをすれば、女性は食糧確保のため、買い出しに行くなど、不備もあったかも しれないが、管理課としては全力で対応した(と思う)。地震から1カ月経ち、 平穏に戻りつつあるが、今後も研究室と協力して、研究が滞ることがないよう努 力していきたい。
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